昭和56年 3月23日 春季霊祭
秋山誠治
「何々は、合楽理念を持ってする外なし」と、ここでは、お商売をする人は、どうでも、お商売は合楽理念を持ってする外なしと確信、そして断言出来るだけ、合楽理念の実験、そして、実証をして頂きたいと思いますように、霊のお祭りは、合楽理念の精進を持ってする他なし言えれる内容を持っての、今日の霊のお祭りでございました。朝方から、福岡の西分会の会員の方で、熱心にお参りになる方があります。先日、お母さんの、もう、亡くなられたお夢を頂かれた。それが、非常にみすぼらしくて、きつそうな、弱々しい姿の母であったと言うのです。それで、分会の会長であります、稲和さんの所へその事をお参りして稲和さんにその事をお伺いをさせて頂きましたら、すぐに、お神様に御祈念をして下さいました。そしたら、生卵を沢山、御神願に頂いたと言われるのを聞いて、私、本当に感じました。私の母は、私共子供達に毎日、玉子をすすらせてくれる。玉子を食べさせてくれる。為に、その為に、わざわざ鶏を飼っておりました。本当に母が私共を育てる時に、そう言う心使いをしてくれておったのだから、これは、私共子供がその親に対して、これから、帰幽日、帰幽日には、必ず、ここで玉串を必ず上げられる方なんです。
ですから、帰幽日、帰幽日には、必ず生玉子のお供えをさせて頂けと言う事だろうと、まぁー、稲和さんとお話をしましたというお届けが今朝からありました。ね、そん時にね、その勿論、あの生玉子をすすると元気が出ると、こう申しますから、ここでは、やはり、あの霊様には、よく、あの、生玉子のお供えがございます。生玉子のお供えをしたからと言うのでは、なけれども、どうぞ、霊様、元気づいて下さいという理由でしょうけれども、神様から合楽理念と頂きました。生玉子のお知らせを稲和さんが頂かれたのは、ね、お母さんが、いうなら、寂しいそうな、いうなら、みすぼらしい姿で拝まれたという事は、そのまま、霊様の御姿であろう。その霊様が生き生きとね、元気に、しかも、安心の霊、喜びの霊というように霊の位も進んで行かれる事の為にね、いうならば、その子が、子孫の者が、先祖の対する所の生き生きとした、いうなら、祈りを送って差し上げよと言う事だと、言う事でござました。これは、今朝からです。これは、昨日、お電話でお取次させて頂いた事でしたけれども、樂の御用を頂いておられます。鞍手から参って見える前田さんと言う方があります。その先日、21日の日、ちょうど、私は親教会の霊祭ですから、お参りさせて頂こうとする所へ、ちょうど、そこへ、ひとすじの方達がお参りになった。其れで、誰か、先生にお届けをさせて頂いた事でございましたけれども、ご自分のお里の霊様、いわゆる、まぁ、小さい時に可愛がって頂いた、お爺さんの霊を中心に、いく柱からの霊の御願いをなさって帰られた。
それが、昨日の電話では、先生、今朝方から、不思議なお夢を頂きましたち、まぁ、有り難いお夢です。というのは、昨日、御願いをさせて頂いた、お爺さんの霊様が、生前のような姿で、お百姓をなさっておられる姿を頂いた。所が、それが、もう、きつそうな、寒そうな、いうならば、様子でございましたと言うのです。お百姓しておられる。大変寒い日、しかも、いうならば、きつそうな、寒そうな、そして、次に、また、場面が変わった時には、ちょうど、親先生がお参りになっておるような、ちょうど、今度、出来ましたお家の大きな檜風呂、ちょうど、私の畳一枚位、大きな檜風呂がある。もう、それこそ、檜の香りがプンプンするようなお風呂が出来ておりますが、あれと同じようなお風呂の中に、父が、それこそ、はぁー極楽と言わんばっかりにして入っておるというお夢でしたと、そして、又、有り難い事には、上から柿色の、いわゆる、合楽の色といわれる柿色のタオルがスーと風呂の中に下がってくる所を頂いた。これは、あの、前田さんの昨日の電話のお届けです。私共は、霊の世界に行った事がないから分かりません。魂が有るの無いの、先祖の霊をおろそかにしておっても、誰もなんとも、言いてもないのですけれども、心を込めて奉仕をさせて頂く所に、言うならば、手応えがある。何か知らん、心の中に喜びが湧いてくる。霊様が喜んで下さったであろうという実感がこれに、いうなら感ずる。これは、霊の、と、私共の心が交流する事であろうという程度にしかわかりません。けれどもね、いうならば、合楽理念を持ってすると、その辺がハッキリ段々してくると言う事でございます。今までは、例えば、おビールがここにありますならば、そのおビールを歯で抜いたり、割って飲んだりして、ようやくと言ったようなことですが、合楽理念は、栓抜きのようなものです。合楽理念を持ってしたら、それこそ、簡単にね。抜けるようなものじゃないでしょうか、なぜ、合楽理念を持ってすると、何々は合楽理念を持ってする他なしという、おかげを頂いておかんと、私共が魂に世界に入ってからでも、魂の生活は合楽理念を持ってする他なしという本当の体得が出来ていないと、あの世で合楽世界に住む事も合楽世界の有り難さも分らないという事になる。前田さんの昨日のお夢の中から頂きまして、私共の霊がどのような状態であるかと、ね、たとえて申しますならば、霊は霊として、お百姓さんの姿をして、お百姓をしておると言う事ではないでしょうけれども、まぁー、例えて言うならば、そう言う、霊の生活、ね、だから、お百姓が好きで、一生懸命に出来る。いうならば、霊であるならば、たとえば、どんな寒中であっても、いうならば、なにか楽しそうに、この寒いのに汗が出たと言う位にして、まぁ、一生懸命奉仕が出来るでしょう。所が、ね、言うならば、やっとかっとこの寒中にでも、田んぼに出なければならない。あー、術ない事だ。寒い事だと言うような状態の、例えば、霊様が、言うならば、前田さんは孫に当られる。孫が合楽にお取次を頂いて、明日、明後日の霊祭りのお祭りには、どうぞ、一緒におかげが頂けます様にという、お取次のおかげを頂いた所から、もう、言うならば、合楽の働きが起こっておる。ね、私はそれを聞かせて頂きまして、もう、本当に、その、これは、霊が有るとか、無いとかと言うような事は言われない。もう、いよいよ、手厚う、霊様、言うなら、限りない霊様達の、みなさんのご先祖ならご先祖の限りない御霊様達が救われ、助かって行くのは、もう、合楽理念を持ってする他ないと、私共が信じられ、そして、それを実験、そして、頂こうとする所から、ね、実証が生まれてくる。そこにね、霊との、言うならば、交流が生まれてくる。私共が段々合楽理念を極めさせて頂いておりましたら、今までの霊様に対する考え方、いわゆる、霊観というものが、もう、大変変わって来た。皆さんも、私がお話申しますからご承知でも有ろうと思いますけれども、どんなに霊様が、お徳を受けた霊様が先祖の中にあるからと言うて、遺族の為に、今、孫とか、子供達が難儀をしとるから、こちらから少し何かでも送ってやろうという事は出来ないのです。今までは、それが出来るように色んな宗教は説いてまいりましたが、ね、霊様が、例えば、現世の私共に働き掛けが出来るように説いて来たんです。成る程、そう言うような、言うなら、ま、事実ですかね、が有りましけれども、それは、も、どこまでもね、教祖様が教えられるように、あの世にも持って行かれ、この世にも残しておけると言うのはご神徳です。この世にも残しておけると言う事だけれども、あの世に持っていけるだけであって、あの世から、又、こちらえ、送ってやろうという事は出来ないのが、霊の世界と私共の世界なんです。
霊様にお願いをする。これは、例えば、んなら、いつも、例はで申します様に久留米の初代が、ある時、御霊神様を拝んでおられたら、自分の師匠である小倉の桂松平が上半身を現された。そして、石橋松次郎先生に、頼むという事をいわれた。当時、御本部では御造営があっておった。皆さんが、御本部参拝しておられる、あの、今が正面ではないですかね?正面の大きなけや木作りの大きな楼門がございます。あの楼門が、その当時、1万円か、出来とるんですが、ね、その事を先生である。いわゆる、桂先生が願いを持ちながら、ちょうど出来んなりに自分がお国替えになられた。それで、弟子の、いうならば、石橋松次郎先生にね。それこそ、上半身を現されて、石橋松次郎頼む、と言われた。それから、一心発起された。もう、本当にアッと言う間にお陰を受けられた。これは、まぁ、後からのお話しですけれども、大分と言うのは、第1の出社ですが、大分の総代をしておった人が、もう、大変なお陰を頂いて、大分教会から、それだけの金額が久留米にお供えになったと言われています。だから、それを大分から直接お供えなさっても良かった訳でしょうけれども、久留米の石橋先生があー言うておられるから、久留米の手続きである所の久留米の石橋先生にお供えになさった。久留米の石橋先生が御本部へお供えになさった。師匠、桂松平から頼まれたから、と言うて、そこに一心発起なさった。果たして、桂松平先生が本当に、そう言う半身を現して、頼むと言われたのは、それは、どういう事であっただろう。他の先生であったら、他の人が、石橋松次郎、楼門を建ててくれと言われても、石橋先生の心の中に一心発起は出来なかっただろ。けれども、師匠である桂松平先生が頼まれたから、一心発起が出来た。その一心発起が次々とお陰になって行った。で、ここではね、私は思うのですけれども、桂松平先生を、言うならば、天地金乃神様が、お使いになった。桂松平の姿は、言うならば、トリックなさった。そして、言うならば、念願である所のあの楼門が出来上がった。私共は昔、この話を聞かせて頂いて、あぁー、霊がお徳を受けられる事は大変な事だなと、死んでからでも、そう言う様な事が出来るんだと、そう言う事は出来ません。どんなにお徳を頂いておっても、そう言う事は出来ません。世の中には様々な霊的な不思議を申して参りますし、例えば、私共でも、まだ、福岡、長浜町の修行中の時分に始めて、霊様とお話し合いが出来たのが初めてでしたが、今から、考えてみるとあれは家内の曾でしたが、もう、帰幽日、ちょうど帰幽日でしたけれども、もう、必ず亡くなる時にびわを、これは日本一美味しいもんだと言うて喜んで頂いたと言う話しを聞いておりましたから、その父の霊祭には必ず、どんなに高かってもびわを買ってお供えした。もう、とに角、難儀困ぱくの最中でしたから、その買う金は無かったんですけれども、果物屋の前に参りましたら、もう、ちょっと、ちょうど、そのびわを選別しておられる所であった。それで、僅かばかりの金で、その悪いのでもいいから分けて頂けんだろうかと言うたら、持って行きなさいよと言われ、この位な皿一杯を持って、それこそ、私が持っておるだけの金でそれを譲って下さった。それを綺麗に洗わして頂いて霊様にお供えして、もう、不思議なもんですよね。心の中に感動一杯、初めて、その家内の母、いや、父と言う人の声を聞いて、いわば、お礼が言われた事が、ございましたけれども、それは、成る程、魂が喜んだに違いはありませんですよね。けれども、その無くなった霊が私にものを言いかけるというような事は出来ません。
これは、今から考えると天地の親神様が、そう言う、こう、心に免じて、私が家内の父に尽くす、その心にめげて、こんなに先祖に、親に、尽くすと言う事は、こんなにも有り難い事なんだと言う事を教えて下さる事の為に神様がトリックをなさったんだなーと言う事も、今にして思います。そう言う例を言うと、もう、沢山ありますけれども、そこで、私共がね。本気で信心をさせて頂いて、あの世に持って行けれるものを、私共が頂いておかなければならない。あの世から送ってやる事は出来ないけれども、この世で、例えば、沢山なお金を持っていれば、言うなら、物に不自由せんですむように、あちらでも、お徳を沢山持って行けばね。いうならば、喜びの霊、安心の霊として、合楽世界に住む事が出来るんです。それを私共が向うから送って下さいと言う訳にはいかん。おかげを受けるのは、どこまでも、天地金乃神様のおかげを受けなければ出来んのです。金光大神のお取次によって、天地金乃神様のおかげを受ける。そして、私共の人間にも、それこそ、億年かかっても、円満な心、和賀心を作らせて下さろう。本当の事を分らせて下さろうとする、その働きが、神様の様々な、あの手、この手、いうならば、トリックを使ってでも幽霊を見せたり死人がものを言うたりと言ったような不思議な働きにもなって来るんですけれども、ね、そこが、なる程、私共は信じておった時代もありましたけれども、
合楽理念を持ってして、段々分って参りますと、教祖のみ教えがハッキリ分ってくるのです。そして、合楽理念を持ってする他なしと言う事は、言うならば、栓抜きがなかっても、どうか工夫すればそのおビールが飲めるように、それは、でしょうけれども、いわゆる、栓抜きを持って開けるように、簡単です。明瞭です。しかも、おかげが確かです。と言うのは、合楽理念と言う栓抜きを持って、合楽理念を実験するから、実証が生まれてくるんです。なぜ、合楽理念を持ってするとおかげを受かるかと言うと、3,4日前のご理解に合楽理念が真だからと頂きました。ね、真で成就せんことは無いと、又、これは金光教だけではない。あらゆる宗教が真だ、真心だと言う事を説きます。おかげが受けられんのは、真が欠けたと悟れと教えてもおられます。そこで、真とは、真とは、または、真心とは、真心とはと、真、真心の追求をするんですけれどもおかげがない。真と言うのはそんなにも難しい。これは佐藤宿老のお歌でしょうか?「真とは、尽くしても、又、尽くしても、尽くしても、尽くし足りぬが、真なりけり」と出来ない事になる。尽くし足りぬが真なりけり。そう言う、私共は、確かにあーでもない、こうでもないと分かって参りましたけれども、合楽理念を持ってして、合楽理念を行ずる事、その事が真なのだ。それを行う事が真を持って、いや、真心を持って真を行ずる事になるから、お真のおかげが頂ける。初めて、成る程、合楽理念を持ってするほか無い。そこでおかげが受けられんのは、合楽理念に反れておるんだと改めて、合楽理念を、言うならば、ひも解いて見らなければならない。今までは、おかげが受けられんのは真がかげたんだ。そこで、真と、真と、というて真を追求するけれども、中々分からん、分からんはずだと、例えば、先輩達が説かれた真と言うのは、真心と言うのは、真心かのように見えて真心でなく、真かのように見えて、真ではなかった。しかも、その真とはとても私共が尽くしても、尽くしても、又、尽くしても、尽くし足りんのが真だとなってくると頂けないのが真だと言うような感じすらするのです。そうじゃない。今日、合楽理念を聞いた。成る程と合点がいった。早速、合楽理念に基づいた生き方、そこから、もう、すでに真だ。行う事は、もう、真心を持って、それを行う事になるんですから、おかげになるのだ、前田さんが、先日、御帰りになって、お爺さん他の霊様の事を願われた。
合楽理念に基づく所の、いわば、前田さん自身も先だってから、まぁ、いうなら、家の中のが真っ暗になるような大きな事件があった。もし、そん時に私が合楽にご縁を頂いていなかったなら、どうなっただろうかと、今、言うておられます。その難儀な問題が解決したわけではないけれども、おかげで信心が出来ます。おかげで分らせて頂く所を分らせて頂くと、その難儀に取り組んでおられますが、いわゆる、合楽理念を持ってすると、こう言う時には、どう言う受け方、と言う所が段々分って行くから、其の事を通して、いよいよ、真の信心が分ってくると言う事であります。もし、合楽にご縁を頂いていなかったら、合楽理念を知らなかったら、本当にどう言う事になっていたか分らない。そう言う合楽理念の有難さがわかって、そして、ご先祖の霊様を合楽で御願いをしょうとなった時に、ね、結局、その合楽理念を信ずる心が、お取次と言う働きになり、そのお取次の働きが、言うなら、寒そうな、きつそうなお爺さんが、言うなら、檜風呂の、それこそ、檜の香がプンプンするような、お風呂の中で、まぁー、それこそ、言葉で言うたら、あー、極楽と言うて、入っておられたのではなかろうか?そこには限りない合楽理念の輝かしいお徳の中に、いわゆる、柿色のタオルがスーと上から下がってくる所であった。そう言うおかげに触れられると言う事。ね、だから、頼んでさえおけばよか、でもね。頼まんよりよかでしょうけれども、結局、合楽理念が、体験が出来れる。それを信ずる事が出来てのお取次と言う事が願われるわけですね。言うなら、その霊様が、もう、一変に合楽世界に、勿論、合楽世界に住まわれても、合楽世界でも、一生懸命お百姓なさっておられる方がおられるかもしれない。寒い時は寒い、暑い時はやっぱり暑いのである。ね、そう言う、寒い時に寒い思いをせんですむ。暑い時に暑い思いをせんですむ。せんですむようなおかげを頂く事の為には、これから、いうならば、霊ながらに、霊が合楽理念に基づく、霊の生活をする事であろうと言う。そこに、霊の位も進んで行く事であろう。ね、喜びの霊、安心の霊としての、言うならば、子孫の者に対する感謝の霊として、おかげを頂いて行く事であろう。
其れで助かったと、これは助かるという事においては限りが無い。霊もそうです。私は今朝方から、お夢を頂いた。私のようであって、私でないような、お二人の方にも、急き立てて汽車の時間が無いから、はよ、いそがにゃーと言うて急き立てて、二人の方、親子の方、それに色々とお手伝いをして下さるという若い青年の方が一人ついておる。で、私がもう、いそがんの、もう、一生懸命、駅まで走って、その駅まで行った所であった。所がもう、私共が駅に着いたのと、汽車が発ったのが一緒であった。もう、本当に一足の事で乗り遅れた。そしたら、その時には3人が私のようであって、私が見ると言う感じですけれども、もう、本当にね。あの日頃の、日頃の信心をこう言う時にハッキリわかります。ね、もう、それがね。汽車がね、一年に一回しか出らんと言う汽車、お夢の中でね。だから、もう一年後に乗る時には、もう少しましな信心をして、もう少しゆとりのある走りはためきせんでもすむような、おかげを頂こうじゃないかと、3人の者が言い合って駅で3人の者が、かたく、抱擁しあって、ゆうならば、これからの一年後はゆとりある、ゆうならば、汽車に乗せて頂くおかげを頂こうと言う、言い、誓い合っているというお夢だあった。また、そして、それがね。その、それから、その娘さんとその私のようであって私のようでない人が、その抱擁し合ってから、そこから、なにか、感じ合うものがあって結婚するという事になった。というような所でお夢が覚めた。合楽しあえる世界というのが、そこから、一生懸命に私共が一生懸命願って、一生懸命願ったと言うけれども、咳き立てられて一生懸命走って駅まで行った時の所だけを一生懸命、一生懸命、それこそ、息がせっきるような思いで駅に着いた。そして、これ程一生懸命走ったのにと言う様な事を思うたり、それで信心が挫折するような人も有るですね。けれども、この3人は本当に一足遅れで乗り遅れたけれども日頃の信心をここではっきり分からせてもろうた。1年後に出るこの汽車には、今度は少しはゆとりのある、ましな、ゆうならば信心をさせてもろうて、ゆとりのある、まぁ、これが、徳の列車と言うならば、徳の汽車の乗せて頂こうと話し合っておる。誓い合っておると言う所が有り難い。誰でも、ひとつの過程として、ひとつの所を通るわけです。ね、そう言う時に、挫折して行く人、これ程信心するのにと言う、どれほど信心したかと言うと、只、自分の力で駅まで一生懸命走ったと言う。一生懸命走っただろうが、日頃が、普段が一生懸命じゃないね。そこで、この3人は、今度は、合楽理念に基づいて一生懸命の実験、実証を積みながら乗せてもらうゆとりのある頂き方をさせれ頂こう。ね、そう言う事をひとつの機会とし、きっかけにするならば結婚が出来た。そこに、本当の拝み合いの生活がはじまった。そこから交流する所の世界、ゆうならば、合楽しあう世界と言うものがそこから生まれて来た。そこから開けて来た。1年後には、その、又、汽車にゆとりある心で有り難く乗せて頂く事が出来るだろうと言うお夢であった。お互いが一生懸命と言う一生懸命を検討してみなければいけません。そして、真を、言うならば、合楽理念が真であると言う実証をね。真心を込めて行じられる所から、成る程、何々は合楽理念を持ってする他ないと断言出来れる信心を頂きたい。そして、その魂が、ならお国替えのおかげを頂いた時にも、合楽理念を持って、、、。今日は吉井の波多野さんがね。あるお夢を頂かれた。あちらのお里は柳川の、あちらの近所、あちらに大隈か、大きなかに、おま、、なんか?と言う所が、そこから、柳川行きと分かれとる所がある。柳川行きと、どこじゃったか?大川、柳川行きと大川行きの所に居った所、その方が大川行きの方の方を辿られたらと言う事であった。どう言う事であろうか?そうお伺いになりましたら、ちょうど、大きな霊柩車がスーと側で止まった所を頂いた。私共が、何時、何処で霊柩車の御迎えを請けるのが分らんのが私共です。そう云う時に私はこげなものに乗らんと言うような事では出来ん。もう、それこそ、有難く乗せて頂けれる、其れは合楽理念によって実験、実証させて頂いておるから、このまま、言うなら、目をつぶらせて頂いても、霊柩車に乗らせて頂いても、合楽行きは間違いない。合楽世界に住む事が出来れる。そこん所が頂けて、私は本当の死生の安心と言う事ではなかろうか?というて波田野さんにお話させて頂いた事でがざいます。お互い、年を拾うて行くのですから、いつどういう事に成るか分らんけれども、波田野さん、いつ横へ止まっても、それを嫌だとか、乗らんと言ったような事ではね。いかん。いよいよ、合楽理念に基づく安心のおかげを頂いとかなければならない。いよいよ、合楽理念が真、それを行じる心が真心ね。そして、そこに、日々実験、実証させて頂いてどんな場合でも、ゆうならば、安らかな心で、ゆうならば、霊の世界に入って行けれるようなお徳を頂きたい。ただ、合楽にご縁を頂いておるから、合楽世界に、勿論、住めましょうけれども、合楽世界もピンからきりまであります。ね、だから、いよいよ、喜びの霊、安心の霊としての、ゆうなら、濃度の度合いと言うものが、いよいよ、有り難い、合楽理念は、ゆうならば、生玉子のようなものだ。合楽理念を持ってすると元気が出る。その元気な活き活きとした心で、私は今朝からのお夢に頂くように、一生懸命ではあっても、その一生懸命が、ただ、其の時だけの一生懸命では本当の事ではない。いつもが一生懸命。それはね。日々合楽理念の実験、実証に取り組まさせて頂くと言う事が一生懸命でなければならない。そこに、実証の世界ね。言うならば、おかげの世界。私共が体験させて頂いて、其れが魂の世界に繋がっておかげを確信する時に、信心の究極の所の死生の安心も出来る事になります。大川入り、それこそ、先日、伊万里の方でしたかね。頂かれた。「大川の川の流れのように、生きたい。」と言う事を頂かれた事があった。
それこそ、大川な川はね。表面は流れておるか、流れていないのか分らない。下の方は渦を巻いて流れておるか分らんのだけれども、表面は、それこそ、あっておるのやら、なかっておるのやら、流れているのやら、流れていないのやらわからんような、ね、そう言う私共は、心で日々が生活出来るおかげを
頂きたいと思います。
もう、何々は、先ずは、合楽理念を持ってする他ないと言う確信が出来なければ、いわば、霊の生活も合楽理念を持ってする他はないと言う確信は生れてこない。その確信こそが死生の安心にも繋がる事だと思います。どうぞ。